「どくとるマンボウ航海記」新潮文庫:北杜夫

十代の私は本書を読んで「こんな風に無責任な旅をして、面白おかしい紀行文を書き散らかしたいものだ」と思ったりした。
とはいえいざ「一人旅だ」と意気込んで出かけても自転車で同じ県内の祖母の家まで出かけるくらいがせいぜいで、それでも1日がかりだったので単に尻が痛くなっただけで終わり、面白おかしい紀行文はいつまでも誕生しなかった。
水平線以外何もない景色というのはさぞかし雄大で心細い気持ちになるだろうし、トビウオの群れはさぞかし美しいだろう。かつて日本海側の小さい町で、大洋の船旅について思いを馳せたものだが、結局それらしい事は一回もできていない。幾度となく読み返して大きな影響を受けたにも関わらず、この本には何も返せていないなあというのが最近ふと思うことでもある。
家族ができ、長期間の船旅は一人で無責任に出来るものではなくなってしまった。やろうと思えばできるかもしれないが、それでは心から楽しめないであろう。本書の裏でマンボウ氏が心から楽しんでいたかはまた別問題として、自分がやるからには全力で旅気分に浸りたいのだ。
そして本書のように、冒頭から後書きまで人を楽しませるようなネタを豊富に仕入れたい。でも多分、旅に出る前からそういう才能を日常から鍛える必要がある。
でなければ船に酔っただけで旅は終わる。これはもう予感というより確信に近い。
高崎立郎(ジュンク堂書店高松店 店長)