「医者、用水路を拓く」石風社:中村哲

昨年彼の地で兇弾に斃れた医師の、灌漑事業における失敗と成功の記録。書かれたのはおよそ15年前ほどの状況で、現在さらに灌漑と緑化は進んでいると聞いている。
中村哲先生のことを思う度、「使命」とは何かということを考えさせられる。
文字通り命を使い果たして立ち向かう「使命」とは何か。そんなものは自分にあるのか。
具体的な方針も道も、示してくれる者はいない。
使命の見えぬままダラダラと生きてしまった凡夫たる我々は、使命を見つけた人、使命に全身全霊を注ぐ人を、勝手に羨ましく思う。時には妬んだりもあるだろう。しかし時には、使命こそが何よりも人を苦しめる。本書の端々に書かれた家族との挿話に、子を持つ親としては涙が止まらなかった。さらりと触れられているが、それだけに胸を打つ。さぞ苦しかったろうと思う。あまりにも気高い人生がここにあった。
「人の命は地球より重い」という言葉は、それだけ聞くと既に使い古されていて空疎だが、偉大な先人たちがその行動によって内実を注ぎ込み、確かな手応えと温もりを与えられ続けてきた。本書もまたそこに注がれる熱い血潮だ。
高崎立郎(ジュンク堂書店高松店 店長)