「昼の家、夜の家」白水社 著者:オルガ・トカルチュク

「さあ今からポーランドの小説を読むぞ」と身構えてしまうと「二つの大国に挟まれ歴史を奪われてしまった国の、アイデンティティを探るお話」として読んでしまいがちだ。
それはそれとして文学的価値のあることかもしれないが、「昼の家、夜の家」での読書はテクストに充満する空気を味わうことに終始してしまった。
「空気」とは森林とその中心たるキノコの気配だ。
夜、都市部で人々がインターネットを介して繋がる時も、森林の風─木々の葉や樹皮、それに湿った土の匂い─が同時に紡がれていく。
そしてキノコ。
キノコが重要な小道具としてしばしば登場する。それは主人公の住まいの傍らにあり、森林と都市を、また現代と中世を行き来するこの物語において、インターネット以上に主人公の内面世界を拡張する。
一言で済ませればこれは幻視の物語なのかもしれない。
しかしながら常にキノコの気配を感じ、キノコが纏う森林の風を感じながら、重厚で多層的な海外小説を読み進めるという体験はなかなか得難いものであった。 高崎立郎(ジュンク堂書店高松店 店長)