「マルタの鷹」
創元推理文庫:ダシール・ハメット

小説ではなく映画の話から入るが、ハンフリー・ボガードが格好良すぎる。
彼の演じる主人公サム・スペイドがあまりにも硬派でスタイリッシュなため、
ついつい誤解してしまう。
「マルタの鷹と言えば男の美学!男の美学って『職分に殉じる』とか
『仲間を大事にする』とかそういうとこだよねー」といった誤解だ。
村上春樹の著作にも言えることではあるが、
ハードボイルドという作法は別に「男の美学」を説くためのものではない。
ハードボイルドは言動と心理を分離する実験であり、情報を圧縮する技術なのだ。
原作となる小説を注意深く読むと、サム・スペイドは美学どころか小物で一貫性がなく、
状況に対してもがき続けている。
この「注意深く読む」を喚起する小説として本当によくできていて、
しかもお話としてめちゃくちゃ面白い。
映画と小説どちらから入ってもいいと思うが、
どちらも別の体験としてしっかり区別して楽しんでもらえたらと願う。 高崎立郎(ジュンク堂書店高松店 店長)