「侍女の物語」ハヤカワepi文庫:マーガレット・アトウッド

「それが本当の出来事ではない」からこそ私たちは小説を楽しめる。 時折小説を現実の出来事と混同してしまう読者もいるが、ラジオから流れたウェルズ「宇宙戦争」を聴いてパニックを起こした当時のリスナーを笑えないように、“これはフィクションです”というラベルを見失なった途端に物語は日常のレイヤーを染め上げ、私たちの認知は歪む。
「侍女の物語」はディストピア小説だ。 架空の未来国家「ギレアデ」で抑圧され、システムに組み込まれて助け合ったり敵対し合ったりする女性たちが、「司令官」の「侍女」の目線から語られる。
あまりにもわかりやすい抑圧なので、主人公の過酷な運命に感情移入し、次第に国外脱出へと進んでいく展開にハラハラしながら読み進む。
そこには、「これは小説だ、本当の出来事ではない」という甘えがある。 かつては起こり得たかもしれないが、この現実世界では現前し得ない世界の話。
しかし、そもそも主人公オブフレッドはこう語っている。 「これは脚色した物語だ。ひとつ残らず過去を脚色したものだ」
この言葉は逆に出来事の真実性を強固にする
本書のラスト、オブフレッドの語りが途切れた後に、この物語は男性たちによって、男性達の都合よく貼り合わされたものだということが判明する。 私はここで愕然とした。
ずっと小説だと思っていた読んでいたものは本来ただの断片、女性の地獄からの叫び声、脚色の上でしか語りようのない、この世界の現実だった。
以後私はなかなか「侍女の物語」を再読できない。 認知は歪んでしまった。
そして本書に限らず、「システムの中でごく自然に女性を消費し続ける私の生活こそがディストピアだ」とアトウッドは小説を通して私を張り倒してくるのだが、こうした仕掛けの周到さと緻密さがついつい魅力的で、新作が出ると買ってしまうのだった。
高崎立郎(ジュンク堂書店高松店 店長)